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鬼嫁の種

【修羅場】9歳まで祖母の下で育てられた兄は俺様気質で、気に入らないことがあると物を投げつけてくるような人だった。ある日、買い物を命令され怒った私が文句を言うと…

投稿日:

zhz100

うちは父がオドオドした気弱な人で、母は兄命な人だった。

私の3つ上の兄は、膿家でも旧家でもなんでもないのに
なぜか「俺は跡取り」とふんぞり返っていた。
私の幼少期に祖母が一時期兄を預かっていた時期があったらしく
そのせいかもしれない。

祖母は私が小学生になる前に亡くなったから、
私はあまり記憶にないが、いろいろあったらしい。

兄は9歳で私たち家族の元に戻り一緒に生活を始めたが、
狭い社宅で祖母宅から戻った兄にひと部屋与えられていた。
祖母が買い与えた家具などが収まらなかったからだと思う。

6畳の部屋が3つあり、一つは兄の部屋、一つは両親と私が布団を並べ寝る部屋、
もう一つにコタツやテレビがあり居間として使っていたのだが、
兄はこの居間のテレビの真正面から動かない人だった。

こちらに戻ってきてから少年野球を始めたが
高校に入る前に辞めてしまい、それからものすごく太った。

そして癇癪持ちだった。

コタツが部屋の真ん中にあり、兄は壁に持たれてテレビを見る。
こたつの向こう側へ行こうとすると兄の後ろか、テレビの前を通らねばならないのだが、
横切ろうものならリモコンを投げつける、お茶の入った湯呑を投げつける、
ティッシュの箱ならまだマシだった。

兄がテレビを見ているときは家族全員ビクビクしていた。
ゲームを始めるともう2時間はその部屋には入れない。

私が中学生になった頃から、兄からボウリョクを振るわれるようになった。
無言で突然後頭部を叩いてきたり、食事中に学校であったことを両親に話している私の脚を、
テーブルの下で脚を蹴ってきたり。

私は父のように気弱でもなく、母のように盲目でもないし、兄と対等の立場と思っていたので、
その都度言い合いになるのだがいつも私が我慢するように言われていた。

当時私は中学2年生。兄は不登校な17歳。
両親共働きだったので、私は部活もできず下校して、買い物に行き洗濯物をとりこみ
掃除機をかけ夕食を作らねばならなかった。
兄は一日家にいるが一切なにもしなかった。

その日も急いで家事をしなくちゃと思っていたが、内心はクラスメイトと文化祭の準備をしたかった。
なんで自分だけこんなおばさんくさいことしなくちゃいけないんだろう。
なんで兄は何もしないのにいろいろ買ってもらっているんだろう。
と、不満がたまりに溜まっていた。

母に訴えたこともあったが母は
「お兄ちゃんは苦しんでいるの。家族なんだからわかってあげなきゃ」
「お父さんもお母さんも苦労して育てているのに、なんでわからないの?」と、
泣き出すのでこちらも苦しいし改善は望めなかった。

その日、帰宅した私に兄が買い物に行くなら○○(お菓子の名前)買ってこいと言われ、
我慢できずについに苦情を言った。

みるみる顔が赤くなったと思ったら

-修羅場

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