突如、Aさんの旦那さんから電話があって、「Aがどこにいるか知りませんか」。
びっくりして聞きかえすと、息子2人を置いて家出したらしい。
とっさにBのことが頭に浮かんだが、言っていいものかためらった。
「カルチャースクールのお友達には聞いてみましたか」とだけ言った。
ビンゴだった。
けれど結末はあっけない。お嬢さま専業主婦とすねかじり大学生のカップルなど、
手持ちのお金を使い果したら、どうにもならない。
すごすご戻ってきたらしい。
あきれたことに、これで終わらなかった。
うちに迷惑をかけたお詫びにとAさんが菓子折りを持ってやってきた。
はつらつとしてきれいな人だったが、今は見る影もなくやつれてげっそりしていた。
言わずもがなだろうけど、言わずにはいられなかった。
「運命の人もいいけど、子供さんのことを考えなよ。旦那さんだって心配してたよ」
Aさんは答えなかった。私がなおも言おうとするとそれをさえぎり、
「だって海へ行きたかったんだもの」
「えっ」
Aさんは焦点の合わない目で、歌うように続けた。
「わかるでしょ。海に行かせて」
Aさんはスクールで作っていた同人誌を1冊くれた。
Aさんの小説は夢見がちな少女のようで、
Bの詩は「おお哀れな言葉たち」とか「闇夜に船を出せ」とか(よく覚えてない)
若者らしい感じだった。
またしてもAさんとBは失踪した。今度はなかなか帰ってこない。
どこかで息をひそめて暮らしているんだろうと思うようになった頃。
警察から確認ための電話があった。
海だの船だのにこだわっていた割には、山だった。
それも山奥ではなく、市内の小学生が遠足に行く山の、登山道から外れたところだった。
気力もないけど体力もなかったんだなと思わずにはいられなかった。
事件性がないので、ローカルで1度報道されただけだった。
正直いって馬鹿だなあと思った。2chを見るようになって、
Aさんは「頭がお花畑」で、Bは「中二病をこじらせた」のだなと納得した。
息子さん2人は、周りはいろいろ言ったけどA旦那さんが「自分が育てる」と
男3人で暮らし続けた。時々、商店街ですれ違ってあいさつした。
このたび、息子の兄くんの方が結婚して外国に赴任するというので幸せを願って。