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鬼嫁の種

【母親の愛情】両親が病気の弟を看るため私は伯母の家に預けられていた。弟の死後、父には「親らしいことが出来なくてゴメン」と謝られたが・・・

投稿日:

母はかなり長い間立ち直れなくて、その頃にちゃんと向き合えなかったからかその後もずっと、成人してからもずっと、母との間には何か目に見えない壁を感じていた。

母とは恋愛にしろ、就活にしろ、相談とかもしたことがない。

全部自分で決めて、報告するのみって感じ。

結婚する時も彼を連れて来て両親に挨拶してもらったんだけど父の方はその後、

彼とふたりで飲みにいったらしくてその時に私のことを大事にしてやってくれみたいなことを言ったらしい。

子供の頃、寂しい思いをさせてしまったから君はそういう思いをさせんでくれ、とか。

母からはワケがわかんないぐらい何も言われなかった。

新居はどうするのとも、披露宴はどうするのとも、幸せになりなさいよとも、なにも。

今私は40代半ばになった。子供もふたりいる。

昨年、母が亡くなった。

亡くなる少し前に、今聞いておかないとって焦っていた時期があって少し具合が良かった時に

「お母さんは私のことどう思ってた?」って聞いたことがあった。

「さあ、どうだろうね」って言われて

「私、娘なんですけど」って言ったらその後なんの言葉も続かなくて、いたたまれなくなって部屋を出た。

結局そのまま。

弟の死後、何を思ってきたのか何を聞けないままの別れだった。

母が亡くなった日もそのあとも、一滴の涙も出なかった。

数年前に伯母が亡くなった時は、あんなに涙が止まらなかったのに。

四十九日が過ぎた頃から、母に対して憎いという感情が生まれそれが日に日に大きくなっていく。

夫には過去は過去、昔のことをあれこれ考えても得るものはないと言われた。

寂しかったのなら、子供たちにはそういう気持ちを抱かせないように愛情を注げばいいって言われて、それはすごく良く分かってる。

なのに気持ちがついていけなくて苦しい。

●コメントA
自分のために泣けばいいよ

●コメント
そんな鬼籍に入った人の事で、
生きてる人間がいつまでも思い悩むのはバカバカしいって外野は言えるけど
当事者の気持ちはそんな簡単に割り切れるものではないんだろうね。
娘であった自分と母である自分の狭間で苦しいのかもしれない。
どこかで折り合っていかないとね。
憎しみに囚われて今の幸せを壊さない様に祈ってる。ガンガレ!

●コメント
凄く当たり前だけど、お母さんに愛されたかったんだね
一言でもいいから、褒めてもらいたかったんだね
随分我慢してたんだと思うよ

それももう確かめようもなくなったんだから、憎いよね
それは当然だと思うよ
だからさ、悔しい、って、泣いてもいいと思うんだよ
コメントAの人が言ってる通りだよ

●コメント
身近に寄り添って慈しみ慈しまれた相手に愛情を抱くのは当然のこと
伯母さんには本当によくしてもらったんだろうね

お母さんに関しては、推測だけど弟さんへの想いが強すぎて
「あの子はあんなに苦しんで若死にしたのに、この子は幸せに生きているなんて」
という理不尽な思いを抱いていたとゲスパー
でも流石にその理不尽さを自覚していてあなたに直接ぶつけず、無関心を通していたと

ソースは自分の母親と自分の関係
まあこれに近いことがあったとだけ言っておく
当然自分は母親を憎んでいるよ、憎まれた分だけね

誰も聖人君子ではないんだから、あなたがお母さんを憎んでも別に構わないと思う
旦那さんの得るものがないという言い分も分かるが、何かを得るために憎んでいるんじゃない
逆に己の中の闇を自覚して向き合わなきゃ、失うものがある時だってある
それを無関心で誤魔化し続けたお母さんがあなたとのまともな母子関係を失ったようにね
まあこんな場でもいいから吐き出して、苦しみを和らげてくれ

●コメント
そんな目にあったのにちゃんと自分の子には愛を注いでるんだよね。
凄いな……立派だね。
私も母親が病弱な弟にかかりきりで父親は不在がち。愛情をもって育てられたとは思えない過去だった。
今、自分の子供にどう向き合えばいいのかわからなくて日々悩んでる。
でも何だか自分が恥ずかしくなったよ。
もう少し子育てがんばる。自分の子供には愛されてるって実感してもらいたい。

引用元:http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1422201514/

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