「甘えんな!」の一言。
楽譜が読めないんじゃ手も足も出ない。結局はパートリーダーを別の子に変わってもらった。
夏休みのある日、父が急死した。
合唱練習を何日か欠席しなければならなくなり、教師にしばらく欠席する旨を伝えた。
教師は「あ~わかった」と返してきたので承認されたと受け取って欠席した。
そして復帰したある日、教師は私をパート練習中に呼び出し、怒鳴りつけてきた。
教師「お前に練習する資格は無い!パート練習に加わるな!」
私「え?」
教師「大事な時期に何日も休むなんて言語道断、選抜の自覚が無さ過ぎる!」
私「父が亡くなったんです。私、連絡したと思うんですが・・・」
教師「どんな理由であろうと休むのは悪。」
私は練習から外された。
みんなが練習している中、音楽室の隅っこでポツンと立っているだけ。
親にも言えず、また休んだら何か言われるんじゃないかと思って休めず、ひたすら音楽室の隅っこで立ってた。
1日の練習時間は3、4時間程だったがずっと立ってた。
他の生徒の視線が痛かったよ。
そんな苦痛を3日も味わった。
3日目にようやく教師が、
「ねぇ、みんな。私さんは大事な時期に休んだお馬鹿さんだから練習から外したけど
糞まじめに休まずに登校してきてたから、そろそろ許してやってもいいんじゃないかと思う。どう思う?」と、
全体合わせ練習のときに突然言い放った。
晒し者にされるってこういう時のことを言うんだろうね。
みんなオロオロしてた。
DQNもオロオロしてた。
そのうちの一人が「許してもいいと思います」と言ってくれたので、
周りもポツポツと「いいと思います」と言いはじめた。
教師は「あ、そう」とだけ言って私はあっさり練習に戻ることができた。
その日の練習終了後、私は初めてこの件で泣いた。
教師はすでに音楽室からいなくなっていたが、生徒は何人か残っており、
私の周りに集まってきて慰めてくれた。
苦手だったDQNも「教師に抗議してやれなくてゴメン」と言ってくれた。
散々DQNだと思って接触を避けていたが、
よく考えて見ると最初のパートリーダーのときから私を守ってくれていたんだよね。
この件で私は派手にはなりきれないけど地味な学校生活ではなくなった。
このとき声をかけてくれたDQN(最後までDQN表記で申し訳ない)とは、
今では良きママ友関係でいる。
ちなみにこの教師は私が卒業すると同時に転勤になった。
最大の修羅場は、練習を外された地獄の3日間でした。
引用元:今までにあった修羅場を語れ
http://nozomi.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1394670689/