中学の時異母兄たちにやられた。
長いうえに胸糞も胸糞なので閲覧注意。
私は父の後妻の娘。
前妻のところに二人子供がいることは知っていたけれど会ったことはなく、
父がリストラされた後はローンや養育費を払うのが大変で母がフルタイムで働いて家計を支えていた。
離婚の理由は知らなかった。
私が中1になった時、家に見知らぬ男がいて
「今日からいっしょに暮らすことになった」と父に言われたのが前妻の次男。(以下兄②)当時高1。
母が再婚を考えていたものの、どうしても相手と折り合いが悪くて前妻から引き取ってくれと打診があったそう。
突然のことに母も私も戸惑った。
その当時の家は、再就職が見つからなかった父は就活をしながらコンビニでアルバイトをしていて、母は通院しながらのフルタイム。
必然的に家事は一人っ子の私がやっていた。
そこに高校生の男の子が入ってきた。
第一印象は今風に言えば「チャラそう」
母も私も難色を示したものの、父が「俺の息子なんだよ」と言ったから戸惑いつつ受け入れた。
父は女しかいなかった家に男が増えたことを単純に喜んでいるようだった。
母と再婚後はほとんど面会しなかったそうだから、息子に罪悪感でもあったのかもしれない。
四人の生活が始まって、すぐ後悔した。
兄②は最悪なお客様だった。
いつもヘラヘラと調子がよかったけれど、機嫌が悪いと当り散らされた。
食べた物を流しに運ぶことすらしないし、弁当を作れば文句を言い、弁当があるのにコンビニで買うから金をくれと要求。
家にそんな余裕はないと断るとそのあたりを蹴り、暴言を吐く人物だった。
学校に行ったり行かなかったり、ゲームを買いたい、携帯がほしい(当時はまだポケベルが主流)、我が儘ばかり。
母が何度我が家の金銭事情を説明しても無駄。そのうち母や私のサイフから金を抜くようになった。
毎日のように五、六人の友達を連れてきて夜遅くまで騒ぎ、中1だった当時の私には男子高生の群れは恐怖の対象だった。
今にして思えば、兄②と同じようなタイプしかいなかったから余計に恐怖を感じたのかもしれない。
溜まりかねて父に言っても、「男の子だし大目にみてやってくれ」とお話しにならない。
サイフからお金を抜かれていると言っても信じようとせず、「俺の息子を悪く言うな」とこれまたお話にならない。
次第に私と母は家の中でストレスを抱えるようになった。
特にそれが激しかったのは母。
持病を抱えてフルタイムで働くだけでも大変だったのに、兄②は癌でしかなく、父にいくら現状を訴えてもすべて無駄。
その父は母の稼ぎに依存しているのに、息子ちゃんがねだればいくらでもお小遣いをあげてしまう。
両親は度々ケンカをするように。
「私はあんたたちの召使いじゃない!」と訴えた母に
「家族なんだから助け合うのは当たり前だろう」と父が言った。
そのうち母は離婚を考えるようになった。
それでも離婚に至らないまま中2の夏休み。
母が倒れて入院した時事件が起こった。
