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鬼嫁の種

【復讐】結婚して23年。仕事を復帰予定だったが、トメとウトの介護を頼まれた。トメには散々いじめられたが、ウトには良くしてもらったので了承し、必死に介護した。

投稿日:

幸い義母の麻痺はリハビリで大分良くなり、
自分の身の回りのことや、簡単な家事なら出来るようになりました。
義父は寝たきりでしたが、いつも私に気を使ってくれて
感謝の言葉をくれました。

半年ほど過ぎてきた頃から、義母が家事を丸投げしてくるようになり、
簡単な自分の事も私に頼むようになりました。
それまでは庭にホースで水を撒くとか、洗濯機をまわす、
クイックルで床を拭く等の家事をやって貰っていました。
しかし、それらは勿論、電話にも出なくなり、
自室でテレビを見て1日を過ごすようになりました。

家事はリハビリと惚け防止の為にやって貰っていたのですが、
朝の散歩も行かなくなり性格も少し意固地になって
、私が義父の世話をしている所に来て、
恨み言や嫌味を言ってくるようになりました。

義父はそのたびに「いい加減にしろ!感謝こそすれ
何だその物言いは!」と庇ってくれましたが
それがかえって義母の被害妄想に拍車を掛けてしまったようで、
義父の部屋にも顔を出さなくなりました。
痴呆の初期段階だと判断し、夫に何度も相談しましたが、
夫も震災後仕事量が激増しており
「分かった、明日聞くから」等とまともに取り合ってくれませんでした。
むしろ義父の方が、義母の様子を自分のヘルパーさんや
保健師さんに相談したりしてくれていました。

何度か義母を病院に連れて行ったりしましたが、
寝たきりの義父を一人置いて長時間家を空けられず
夫のたまの休みは日曜だったので、有給をとって平日休んで貰っていましたが
口には出さなくても夫は不満顔で、自分の母親の事なのに
どこか私を責める空気でした。
そうこうする内に、義母の痴呆がだんだん進んで行き、
私がご飯をくれないと言い出したり
私に指輪を取り上げられた、お金を取られた、
服を捨てられた、と言い出すようになりました。
義父は夫に「事実無根だ。お母さんはもう専門の病院か
施設に入れた方が良い。俺も一緒に施設に行くから」
と何度も言っていましたが、夫はそれも先延ばしにしていました。

そのころには私も夫に対する愛情が冷めて、
離婚したいと思うようになりました。
子供達はもう心配ないし、私も貯金も退職金も資格もあるし・・・・と。
ただ義父の事だけが心残りで、離婚に踏み出せませんでした。

この頃には義父から「この家を出て好きにした方が良い。
息子は貴方に甘えすぎている、息子の不出来はお詫びします。
申し訳ないが貴方が私達の世話を続けてくれている間は、
息子は何も考えようとしないだろう」と言われるようになりました。
そして私名義の通帳を渡されました、
一番古い通帳の最初の振り込みは22年前でした。

ちょうど娘を妊娠した頃で、義母の嫌味と
夫のダブスタに悩んでいた頃でした。
結局娘が産まれると、孫可愛さで義母の態度は一気に軟化。
夫も父親の自覚が出たのか、その当時同居していた義実家を出て、
近距離別居になり好転しましたが
その当時、離婚を考えながらも、お腹の子供の事や
金銭的な問題で離婚に踏み切れずにいたのです。

義父はそのころも私の好物を買ってきてくれたり、夫や義母を叱ってくれたり
子供が夜泣きしていた時期は「産後は無理しちゃ駄目だよ。
俺は孫と過ごす時間が増えて嬉しいから気にしないで」と
夜中に子供を抱いて散歩に行ってくれたりしていました。

当時は私の会社には育児休暇がなく、産後半年で職場復帰した時も、
何かと力になって貰いました。
「我が息子ながら、あいつはいつか愛想を尽かされる。
その時せめて母子が生活に困る事の無いように、と思って溜めて置いたんだ」
夫や義母には絶対にこのことは言わないように、と念を押され、
通帳と実印は貸金庫に入れておくように言われました。
義父と私とで夫婦で入れる私施設を探して、いくつがあたりましたが、
なかなか空いている施設が見つからなかったり
入居の条件が「入居時に身の回りのことが自分で出来ること
(その後出来なくなる分にはオーケー)」だったりで難航しました。
公的施設は空きが絶望的でかつ独居優先のため諦めました。

先月、飲み会からかえってきた夫にその事を相談すると
「うるさい!俺は仕事で疲れているんだ!誰のおかげで暮らせていると思ってるんだ
少しは働く夫を気遣って負担を掛けないようにしようとは思わないのか!
大体、お前は両親の世話だってろくにしないで、母さんに家事をさせている癖に!
身体が不自由な母さんに洗濯や掃除をさせて、大変そうな顔をするな!!
全然大したことしてないだろ!気楽な専業主婦に俺の苦労が分かるか!」と怒鳴られました。

義母が部屋から出てきて、夫に縋り付いて泣きながら
「ごめんね、母さん達がこんなだからお前に苦労を掛けて。
嫁に気兼ねしながら生きるくらいなら、死にたい殺して」と叫び。
頭に血が上った夫に殴られました。

それで、全部がぷつんと切れてしまい、私も夫を殴り返しました。
夫はパーでしたが、私が渾身の力と全体重を込めたグーでした。
吹っ飛んで壁にぶつかった夫を引きずりおこし、更に何発か殴りました。
「大したこと無い?惚けて虚言を繰り返す上に徘徊まで始まった姑と
寝たきりのお義父さんの世話をしている上に、
家事は一切やらない話も聞かない夫の世話までしてるのに
大・し・た・こ・と・無い!!?
じゃあ、自分でやってみなさいよ!大したこと無いなら出来るでしょっ?!
私は出掛けるから、今夜からやってみると良いわ!」

しばらく帰らないつもりだったので、
大きなスーツケース2個分に貴重品や身の回りの物を詰めました。
着替えて携帯でホテルをとり、タクシーを呼んで、義父の部屋に行きました。
私達の会話が聞こえていた様で、義父は泣いていましたが
「仏心を出して、戻って来ちゃ駄目だよ。ゆっくり羽を伸ばしておいで」
と言われ、握手して義実家を出ました。
24時間ヘルパーさんに申し込んでいたので、
その電話番号と義父の携帯を枕元に置いて行きました。

1週間ホテルにいて、改めて介護施設を探しました。
高額ですがいくつか良い私施設がみつかり、
見学に行き詳しい話を聞きました。
義父と話していた予算に近い施設があったので、空き状況を聞くと
高額なためか空き室が出来次第、入居可能だそうで
義父の委任状で契約を済ませました。

夫からは1日に何十件も着信やメールが来ましたが、
全て読まずに消していました。
子供達にも事情を話し、離婚するかも知れないけど、
と意見を聞くと二人とも理解してくれました。
そろそろかと家に帰ると、洗濯物もゴミも山積みで
インスタントやデリバリーの空容器が溢れていました。
夫は私の顔を見ると、子供のように泣いて謝ってきましたが
「で?だから何?感謝して反省しているから何なの?また私一人に全部押しつけて
自分は知らんぷりで気軽に過ごしたいから、また全部背負ってくれって事?
嫌よ。帰ってきたけど、またいつ出ていっても良いし、私いつ離婚しても良いもの。
私、明日は美容院に行くの。一年半ぶりの美容院」

仕事をこれ以上休めないと泣くので
「じゃあ、早期退職すれば?これからずっと24時間介護するんだから、
仕事なんて出来ないでしょ?
大丈夫よ。洗濯も掃除もお母さんがやってくれてるんでしょ?
じゃあ大したこと無いじゃない」
夫も1週間で義母の痴呆を身を持って理解したようで、慌てて謝って来ましたが
無視して義父の部屋に行き、契約の事を話しました。
義父は頷いて、パンフレットを持ち帰らなかった事を褒めてくれました。
施設からの連絡用の電話番号も私の携帯、緊急用は娘の電話にいて置きました。

次の日は本当に美容院に行きました。
夫は私は出掛けるのを見て、泣き崩れていましたが無視しました。
義実家に帰って半月、毎日出掛けています。
夫は親の介護のため、と言って短期休職になっているようです。
妻は介護疲れで倒れて入院している、と言っているようで
偶然あった夫の上司に具合を聞かれました。

施設の入居費は予算よりオーバーしていたので、
義父に貰ったお金はその補填に当てるつもりです。
また義実家は義両親が施設に入った後、売却する様に義父が手配しています。
介護放棄は義父と話した上での報復ですが
子供が産まれてから、義母との関係が好転したとはいえ、
私の親を侮辱されたこと

妊娠中にされた流産の危険もある嫌がらせ等、
水に流そうと思っていた恨みが痴呆の虚言で再燃した事。
夫にはつくづく愛想が尽きたこと、で義父の介護まで放棄したこと。
今必死に介護施設を探してノイローゼになっている夫に、
実は施設に契約済みなのを黙っていること。
ただ自分の気を晴らす為に、夫が首になるように追い込んでいること。
でも自分は再就職が決まっていること。
夫に暴力を振るったこと。
本当にDQNですが、後悔はしていない。

【DQNには】義実家にしたDQN返し227【DQNを】
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/live/1333344922/

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-dqn返し, エネ夫

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