4月だから助かったけど、これが夏場、
もしくは真冬だったら娘の命は無かったと思う
それから私は旦那を信用しなくなったんだけど、
旦那はそれが不満みたい
旦那は他にも娘を高い高いして放り投げて落としたり、
階段で目を離して落としたり、
車に乗せて事故したりと命に関わることを繰り返した
離婚も考えたけど、まだ昭和の当時、
女性一人での子育ては無理があった
だから子育ては全て私がやった
旦那は「子供の食費は母親が負担すべき」という考えで
びた一文出さなかったから、ほんとに必死だった
そしたら案の定、娘は旦那に懐かない
赤ちゃんの頃は旦那が家に居ると怯えて泣き続け、
小学生に入るまで父親と認識できなくておじちゃんと呼んでいた
小学校で支障があるから無理に「お父さん」
になおしたけど、それでもずっと違和感があったらしい
娘が中学生になった頃、「ずっと違和感が拭えない、
私にはお父さんはいない」とお父さんからおじさん呼ばわりに戻った
そこからお父さんと呼ぶことは一度もなく、娘は結婚して家を出た
そんな娘も子供ができ、子供も小学生に入る年齢になった
父親との関係が心配だったけど、ランドセルを買いに行った時、
ちゃんと「おとーしゃん」と呼んでいたので安心した
孫は私のことをおばーしゃまと呼んでくれるが、
旦那のことは団地のおじちゃんだった
旦那は私に「娘や孫がああなったのはお前のせいだ」
と顔を合わせると文句を言ってくる
でも、私や娘を最初に裏切ったのは全部旦那
娘置き去りや落とした話をしても、旦那は記憶にもないらしい
●コメント
なにかの精神障害なんじゃないの…
■私
娘をペットだと言い張ったことはある
見合して三男坊をもらったけど、甘やかされたせいで
マザコン気質なせいで、最後まで父親になれなかったんだろう
娘は言葉の端々から旦那を父親と思えなかったことが
伝わってきてたから、本当に申し訳なかった
家庭科の授業で「家族揃って夕飯を食べましょう」
って宿題を、娘はあたりまえのように
「私と、お母さんと、妹と、ペットのポチと食べました」
ってレポート書いて学校から電話まであった
娘は父親が家族というのが理解できなかったみたい
●コメント
>娘をペットだと言い張ったことはある
>娘は父親が家族というのが理解できなかったみたい
むしろ家族じゃない・ありえないってこと、ちゃんと理解してると言える
●コメント
私はあなたも怖いよ・・・
娘を底まで蔑ろにする旦那と離婚もせず、
娘に苦痛を強い続けてたんでしょ?
旦那が父親であることをホウキしたのと同じように
あなたは母である妻であること優先したんでしょ
なのにそこの自覚がないのが怖い
娘さん、よく死なずに生き延びたよ
何を書いても構いませんので@生活板 9
http://kohada.open2ch.net/test/read.cgi/kankon/1439212209/