
※聾唖 【ろうあ】とは
いわゆる高度難聴を聾といい、生まれつき、または生後3歳以内に高度の難聴になったために、
言語学習ができなくて発語のできない状態を聾唖という。
うちの近所に、いわゆる聾唖のおじいさんが住んでた。
祖父母と同世代くらいで、事情があるのか、
家族はいないそうで、親戚とも離れて一人暮らしだった。
私は、小さい時、「聾唖」ということがわからなくて、
どうしてあのおじいさんはいつもニコニコしてるのに、
挨拶しても返事してくれないのかな?と思って、母に尋ねた。
「おじいさんは耳が聞こえなくて、喋ることもできないの。
だから、あんたが挨拶しても聞こえないの。無視してるんじゃないのよ」
と教えられ、聞こえない、喋れないってつらいなと思った。
そんなおじいさんに、弟はよく懐いてた。
おじいさんは手話もできなくて、意思の疎通は基本的に筆談。
学校もまともに行けてないそうで、ひらがなばかり。
弟が「今日ね、○○(差別用語)さんに漢字教えてあげた!」と言った時、
母が卒倒しかけたけど、その差別用語は、
おじいさんが幼少期からずっと、周囲に言われ続けたことだった。
自分が耳が聞こえないのは本当だから、と。
両親は弟に「いくら本人がいいと言っても、そう呼んじゃ駄目」と言っていたが、
6歳の弟にはよくわからなくて、結局、親が折れた。
幸い、近所の人達も、おじいさんが自分のことをそう言っているのはわかってたから、
弟は責められなかった。
弟は成長するにつれてやんちゃになり、悪ガキになっていったが、
何故かおじいさんにだけはとても優しかった。
不思議なことに、筆談してないのに、
弟はおじいさんが歩いてるのを見かけると「○○さん、どしたの?」
「買い物行くの?病院?」「そっか、買い物か。何がいるの?買ってきたげるよ」
と、意思の疎通ができていた。
時々、調理実習で習った料理を家で作って、
「○○さんに持ってく」と届けたりもしていた。
おじいさんは子供達を可愛がっていたけど、特に弟を可愛がっているようで、
たぶん、孫みたいに思ってくれてたんだろう。
弟も、反抗期も、親や私には悪態ついても、
祖父母やおじいさんには優しい子だった。
就職した時、初給料で祖父母含めて家族を寿司屋に連れてってくれた時も、
お店に「寿司折お願いします。お好みで」と、おじいさんの好物を選んで
折にしてもらって、持っていってた。
風邪をひいて寝込んでいるらしいと聞いた時には、
仕事を休んで看病したり、病院に送り迎えしてた。
仕事帰りに、おじいさんの薬をもらってきて、
ついでだからと食料や雑貨を買ってきたり、
家電が壊れたら何とか直してあげたりと、正直、
どうして他人のおじいさんにそこまでするんだろう、ってほどだった。
祖父母の通院も手伝ってたけど、そのおじいさんには特に優しかったから。
そんな弟が、あっさり死んだ。