※アフィリエイト広告を利用しています

鬼嫁の種

【衝撃】出産後の育児スタートのあまりの過酷さに鬱になった話

投稿日:

見ていた実母が言うには、私は白目をむいていたらしい。
あとから見たら自分の腕が傷だらけだった。
こぶしを握っていた手のひらからは、血が滲んでいた。
永遠に続くかと思われた陣痛を超えて、分娩台に移動し
、死ぬ思いで我が子を産み落とした。
それでも出産までは8時間と、初産にしては安産だと言われた。
でも想像してほしい。8時間もの間、一昼夜を越して不眠不休だ。
食べ物は一切口にせず、激痛に体をこわばらせ、
死に物狂いでお腹から3キロの塊を出すのだ。
産んだあとは骨という骨がきしみ、体中が鉛のように重く、
分娩台から上半身を起こすことさえできなかった。
どこにも力が入らないのだ。
助産師の手を借りて体を起こすと、頭がふらふらとする。
自力ではとても歩けなかったので、
分娩台から長い時間をかけて車椅子に乗せてもらった。

その後、入院する部屋のベッドに寝るまでの間、トイレで二度倒れた。
猛烈に体が疲れていた。こんなに疲れたのは生まれて初めてだと思う。
指一本だって動かすのがおっくうだ。
体中が汗と血でベトベト、身をよじりまくっていたおかげで、
髪の毛は鳥の巣のようだった。
股間は麻酔が効いていたが、鈍い痛みが続いていて、
姿勢をかえることすら一苦労だった。
前日から何も食べてないし一睡もしてないし、
とにかく疲れきっていて、ゆっくり寝たかった。

【過酷な育児のはじまり】
だけど、産んだ直後から、母子同室で3時間おきの授乳が始まった。
分娩台で1時間休んだあとは、すぐ個室で赤ちゃんと二人きりにされた。
ゆっくり寝ることも体を休めることもできないまま、ハードな育児の始まりだ。
こんなにボロボロに疲れているのに、すぐとなりに、かよわく、
自分で首一つ動かせることもできない赤ちゃんがいる。
「私はゆっくり休んではいけないんだ」という暗い事実は、
くたくたの私にとって絶望だった。
この体中の疲労に身を任せた瞬間、赤ちゃんに何かがあったら。
この子の命は、この精魂尽き果てた自分次第なんだ。
体中の疲労とともに、ヒリヒリするような緊張感と責任感が重くのしかかった。

【母乳は過酷】
産んですぐに母乳がでるお母さんは、実は少ない。
赤ちゃんに吸われることで、それが刺激となって
脳内ホルモンが乳房に働きかけ、母乳が出るようになるという。
だから、でなくてもとにかく3時間おきに
赤ちゃんに乳首をくわえさせなくてはいけない。
でも、産まれてすぐの赤ちゃんは吸いつく力も弱く、
「吸う」こと自体がとても下手くそだ。
そして母親にとっても授乳はとてもむずかしい。
赤ちゃんの位置、乳首との高さの調整、手の置所、
クッションや座布団をいくつも使って、
位置を調整しながら、汗だくで吸わせる。
赤ちゃんは体力がなくて少し吸い付くと力尽きてしまう。
まごまごしながら右の乳首をどうにかくわえさせる。
吸い付いたと思うとすぐに口から外れてしまう。
またくわえさせる。また外れる。
そのうち疲れて赤ちゃんが寝るので、起こす。
今度は左右逆のお○ぱいだ。
左を吸わせて、おしめを替えて…これでもう一時間だ。
体中が悲鳴をあげていて、眠たくて眠たくて頭が割れそうに痛くて、
貧血でふらふらするのに、寝る時間は二時間しかない。
横になる。すぐには寝付けない。
三十分ほどでようやく眠りにおちる。これで一時間半。
さあ、もう一時間半たった。睡眠時間一時間半で、赤ちゃんが泣く時間だ。
これが朝まで繰り返された。

【入院2日目ー死ぬほどねむい】
初日の夜を超えた時点で私の疲労はマックスをとっくに超えてた。
授乳の合間の2時間以下の細切れ睡眠しかとっていないまま、迎えた朝。
翌朝は6時に検温があり、9時に朝食があり、合間に授乳をする。
何をするにも体中が痛くて、だるくて、眠くてたまらず、すごく時間がかかる。
出血も続いているので、トイレにも度々行かなくちゃいけない。
12時にお昼があり、見舞いにきた実母に子を見てもらってる間に
急いでシャワーを浴びて歯を磨く。また授乳。
たまった洗濯物をランドリーで洗う。戻ると検診がある。
担当の看護師が交代したとかで挨拶がある。また授乳。
赤ちゃんの顔を見に見舞い客がある。
相手をする。帰る。洗濯物をとりに行く。また授乳。
昼はまとめて寝るどころか、横になる時間もろくにとれない。
ねむい、ねむい、ねむい、ねむい…横になりたい。
ゆっくり、ぐっすり寝たい。お願いだから起こさないで。
辛い。辛い。辛い。横になれない。眠れないし休めない。
昼間はろくに眠れない。寝れなかったことに猛烈に焦る。
そしてまた夜が来る。深夜の授乳は鉛のように体が重い。

赤ちゃんは相変わらず上手に吸えないのに、
乳首がめちゃめちゃ痛くなってくる。
例えるなら、尖った爪で皮膚をおもいっきりつねられているような痛み。
乳首が切れて血が出てくる。
それなのにそこを吸わせなくちゃいけない。
傷口に鋭い爪がたてられるよう。
授乳のたびに歯を食いしばって、息をのむ。
叫びだしそうな痛さに耐える。
出がよくないからマッサージもされる。
これがまたすごくすごく痛い。
授乳室の隣の人は、お●ぱいの出がいいみたいだ。
赤ちゃんがゴクゴク、と美味しそうにお●ぱいを飲んでるのが見える。
幸せそうに微笑んでそれを眺めているお母さん。
我が子はお●ぱいを一滴も飲めず2日目。
産まれてからまだ何一つ口にしていない。
何も飲まなくても3日は胎内にいたときの
栄養が残っているから大丈夫だという。

でも、赤ちゃんは日々痩せてる。お腹がすいて泣いてる。
まだ産まれてたった2日しかたってないのに、飢えて泣いてる。
大人だって2日くらい食べなくたって死なないけど、すごく辛いよね。
こんな小さな我が子が空腹に耐えてると思うと、切なくて切なくてたまらない。
しかも飢えさせてるのは私。お●ぱいが出ない私のせい。
隣の子はお腹いっぱいで満足して寝てるのに、
私の子は空腹に泣き疲れて眠ってる。辛い。眠い。

【入院3日目】

体中がふらふらして頭がぼーっとする。
見舞いに来た夫や実母にひどい態度をとって、ケンカをしてしまった。
看護師が心配して「何か悩み事があったら相談してくださいね」と言う。
「ただ寝たいんです。」と言いたかった。
でも他にもたくさんのお母さんが寝ずに赤ちゃんを見ていて、
そんな情けないことどうして言えるだろう。
睡眠欲に母性が負けるなんて。そんなこと言えない。
3日めからミルクを10ml与えていいことになった。
哺乳瓶でおそるおそるあげると、手をグーにして、
目を大きく見開いて、必死に飲んでる。
飲んでる姿を見て涙がとまらない。
飢えさせてごめんねという気持ち。
やっとお腹を満たしてあげられるという満足感。
お●ぱいが出ない敗北感と屈辱と疲労と、
いろんな気持ちがないまぜになる。

【入院4日目】

4日め、私はもうボロボロだった。見舞いにきた妹に顔を見て絶句された。
赤ちゃんにはミルクを与えることになったものの、
母乳への刺激をなくしてはお●ぱいが出なくなってしまうため、
赤ちゃんには相変わらず乳首を吸わせなくてはいけない。
つまりは今までのお●ぱいとの格闘に、ミルク作りがプラスされて、
授乳にもっと時間がかかるようになったのだ。
その分削られるのは眠る時間。
ただでさえ1時間半しか眠れないのに、もっともっと眠れなくなる。
一睡もしないまま次の授乳時間、ということが出てきた。
体中の痛みと貧血が収まらず、鉄剤と鎮痛剤が処方された。
でもふらふらで、眠さとだるさは蓄積されて楽になるどころか、
いっそう辛くなる一方だった。

とにかく体がしんどくて、ほとんど何も考えられなくなっていた。拷問みたい。
ただひとつ、「ねむい」という欲求だけが、こびりついて離れない。
鏡の中の自分は、真っ青で目の下にくっきりクマができて、10は老けたように見えた。
何もしてないのに、涙が出てとまらない。赤ちゃんがなんだか恐ろしい。
かわいいのに、愛しいのに、何より恐ろしくてたまらない。
だって、まだたったの4日め。
長く長くいつ続くともしれない育児のたった4日めなのだ。
このしんどい日々が延々とこれから続く。
こんなに疲れてるのに
ぐっすり眠ることの許されない日々が待ってる。

【退院】

5日め。私は退院を迎え、自宅に戻った。
産後は実家で1ヶ月お世話になったが、こんな調子が2週間続いた。
むしろ、病院では哺乳瓶を洗ったり消毒したりするのは病院がやってくれたから、
その分の仕事が増えてますます眠れなくなった。
里帰り後の1回の授乳で費やす工程は以下のとおり。
赤ちゃんが泣く→起きてミルクの支度をする→
ミルクを人肌に冷ます間にお●ぱいを吸わせる→
搾乳した母乳を与える→ミルクを与える→
げっぷをさせる→寝かしつける→
母乳量をふやすために搾乳をする→哺乳瓶を洗って消毒する
眠れる時間は1時間あるかないか。
たとえば寝かしつけに手こずったり、
オムツからウ○チが漏れて着替えさせたりなど
何かアクシデントが発生すれば、眠れずに
次の授乳時間になることも珍しくなかった。

日に日に、赤ちゃんを見ても可愛いより何より、
ただただ、怖い気持ちが蓄積されていく。
赤ちゃんが怖いのに、離れるのはもっと怖い。
何かあったらどうしよう。
30分の睡眠は、いつも悪夢を見た。
赤ちゃんを落とす夢、踏んでしまう夢、誰かに連れて行かれる夢。
今思うと完全な鬱状態だった。

【SOS】

生まれてから14日めの夕方。
赤ちゃんと二人きりになるのが恐ろしいと、実母の前で号泣した。
陣痛のあの夜から2時間以上眠っていないこと、眠くて眠くてたまらないこと、
夜になるとまた今晩も眠れないと思って焦りと不安で動悸がしてくること、
こんなに体中がふらふらなのに赤ちゃんに
何かあったらどうしようかと想像すると恐ろしいこと、
かわいいより赤ちゃんがとてもとても怖い存在に思えること・・・・
泣いて訴えながら、睡眠不足がつらくて赤ちゃんが怖いなんて、
自分は母親失格だと思った。
世間のお母さんがみんなできていることができないなんて。
母親なのに、情けなくて仕方がなかった。
その夜は両親が赤ちゃんを一晩みてくれ、
私にゆっくり休むよう言ってくれた。
出産後はじめて赤ちゃんと別室で5時間寝た。
15日目の朝は、驚くほど気持ちが落ち着いていた。

その後の日々は、私の両親はもちろん、
夫も毎晩仕事帰りに車を飛ばして会いにきてくれ、手伝ってくれた。
それから、母乳マッサージに通った結果、母乳が十分量出るようになって、
ミルクをあげなくてよくなったため、深夜に哺乳瓶を洗ったり、
消毒したりということから開放された。
夜間授乳は、細切れでも3時間は寝られるようになった。

【三ヶ月後、現在。振り返って思うこと。】

三ヶ月たった今でも、産後からの2週間のことを思い出すと、
絶望感でいっぱいになる。
あのころ本当にただただ寝たくて、寝たくて、
それなのに「もしこの子に何かあったら」と緊張感で常に気が張っていて、
目を離すのが恐ろしくてたまらなかった。
そのうち、「もしこの子に何かあったら」「病院に入院することになれば」
「そしたら眠れるな…」と考えたことがあって、ゾッとした。
もちろん、あくまでこれは個人的な体験だ。
でも、多かれ少なかれ多くのお母さんに共感できる部分も多いはずだと思う。
もし里帰りしなかったらどうなっていたことか。

【どうしたらよかったんだろう】

私の出産は初産の平均時間12時間より短かったけれど、
精も根も尽き果てた状態で育児がスタートしたのがよくなかったと思う。
病院によっては、出産したその日はナースステーションで
赤ちゃんを預かってくれるそうだ。
私も、出産後1日でいいからゆっくり眠れていたら、
その後に2週間は違ったものになっていただろう。
今は、子はあやすとニコニコ笑って、母乳も順調だ。
夜は相変わらず3時間で起きるけど、体が慣れた。
やっと我が子がかわいく、愛おしく見える。
でも、我が子がとても恐ろしく見えた産後2週間のことが忘れられない。

●コメント
お疲れ様でした。
自分の知り合いは1歳になるまでずっと寝れずに、
頑張って、そして鬱になっていきました。
赤ん坊の育児を普通の人がやってるのがすごいよほんとに。
愛情だけは母親並にたっぷり、でも育児の作業そのものは
ベビーシッターの仕事をしているように客観的にやるといいって言ってたよ
つまり、母親なのにできないとか、
母親だからやらなきゃいけないという考えを極力捨てる。
育児はタスクであり、問題解決だと考える。
親類やお金を払っての外部の協力なども躊躇しない
精神的に追い込んだところで生産性はそこまであがりません。
これは仕事をみればわかりますね
母親の愛情がーと非難する関係のない他人は放っておきましょう。
目の前の問題を解決するのはあなたです。
問題が解決しないことには注げる愛情も少なくなるしね。
心配なら、海外の育児番組など見てみましょう。
彼らは日本の母親のように超人の何でも屋でないことがわかるし、
それでも子供がちゃんと育つことがわかると思う。
長い長い育児がうまくいくことを願っています。

●コメント
最近ではドゥーラという産後のママの
手助けをしてくれるサービスが日本でも開始されたようです。
もっと認知されて気軽に利用できるようになるといいですね

●コメント
当方二歳男児ママですが、産後はやっぱり周りの手を
目一杯借りることをおすすめします。
幸い優しそうなお母様と旦那さまなので、割り切って甘えちゃいましょう。
託児所も最近では週に数回の数時間でも定額で利用できたりします。
週に2日四時間だけ預かってもらうとかもできますよ。
もう少したったらそういうのも利用してみて
定期的にリフレッシュするとよいと思います。
私も産後は少し鬱になりました。
産後鬱はホルモンバランスの関係が大きいので
あまりその事について深く考えないほうがいいかと思います。
今は産後すぐでいろいろ考えてしまうと思いますが、
時が経つにつれ辛かったことも忘れていってしまうみたいです。
実際私もあんなに辛かったのにだいぶ忘れてます。

●コメント
こうでなきゃいけないだとか、母親失格だとか
そこまで自分を追い込んじゃいけないと思う。
日本は母親にすべてを押し付けすぎだし、
当の母親もそれを内面化しすぎて、
本来助けを求めるべきところまで無理に我慢している。
親が幸せであってこそ子供も幸せなんだってことは
いい加減わかってもいい時代だ。
いつまで中世みたいな母性神話に頼ってるんだ?
そんなんだから少子化になる。
本当にこの国の男はバカばかりだ。

●コメント
壮絶な体験だな
ウチの嫁も産後は似たような状態だったが
周囲のサポートがもっと手厚くできた
さて改善案だが

1.次があるなら、出産を無痛分娩などにして消耗を防ぐべき
2.出産後3日程度は預かってくれる病院も普通にあるから、そういうところを探す
3.SOSはもっと早く出しても良い 3日目にただ寝たいんですと言っても良いと思う

●コメント
それでも産んだからいいじゃない。
34歳・未婚・子無しの私は嫉妬するけどね。
こんなこと書く自分にも愛想が尽きるけど。
うらやましいわ。

●コメント
普通に全然眠る時間が取れない。
寝たいから手伝ってって言えばいいんだよ
というか、子供生んだとたんに
完璧な母親になるなんて無理にきまってるし、
完璧な母親なんてそもそもどこにもいないし。

●コメント
要するに旦那が何の役にも立たなかったんだろ・・・

●コメント
年齢から職業まで何から何まで自分を見てるようだ。
私はちょっとずつ回避できて鬱にならなかったけど、
それでも2週目は何も無くても涙がでるくらい、かなりやばかった。
正直無痛にしろとか、ミルクでも問題ないとか、
楽な方を選択する手助けよりも、
苦しくても子供に良いとされる方を乗り越える手助けが欲しいんだよ。
自分が楽する金があるなら子どもの未来に貯蓄したいって考えかな。

あと夫のフォローについて、
慣れないことやって共倒れするより、
自分が居なくても今まで通りちゃんと元気でいてくれる事が一番です。
赤ちゃんの世話で手一杯なのに、
しんどそうな夫の顔を見てるのもすげー辛い。

●コメント
うちの奥さんもあと4ヶ月で出産だわ。
たぶん似たような感じになるんだろうなー。
「たかが眠れないくらいで赤ちゃんがかわいいと思えないの!」
「こんなこと考える自分は母として人間としておかしいのかも」
とか無駄に悩みそうだ、アリアリと目に浮かぶ。
母親になったら聖母にジョブチェンジしました、
なんてあるわけないのに。

●コメント
ウチが出産した病院では、初日は病院が面倒を見てくれて、
以降も入院中は、夜の授乳は声がけしてくれるけど強制ではなかった。
この日記見て、この環境で良かったんだなーとしみじみ感じた。
ウチも母乳で育てることにしてたので、
ミルクを作る手間や消毒といった手間もなく
夜中も眠ければパイ出して吸わせてる間に
自分は寝てるなんて事もあった。
基本的に母乳楽チン!母乳バンザイ!なんだけど
唯一間違えだったのが、完全母乳で進めてしまったこと。
体力的に参ってしまったり、どこかに一時保育させたくても、
哺乳瓶でミルクを飲まなくなってしまったので、
旦那に任せることも出来ず、子どもと離れる事ができなかった。
それもまぁ、離乳食までだし、大きな障害にはならなかったけどね。
育児は誰かと比べると必ず精神的に参ることがこれからも多々あると思うよ。
他の子は喋ったのに、歩いたのにとか。
幼稚園になっても、トイレに行けないとか、座れないとか。
ウチはウチ、よそはよそで、子どもと仲良く過ごせることを第一に進めるといいよ。

がんばってー。

●コメント
母親はすべてを犠牲にして子育てすべきって神話は滅びろ。
そういうのが当たり前と思ってる奴は死ね。

●コメント
お疲れさまでした。
大変なときを乗り越えて、何より今が大丈夫になってよかったです。
何年か後に、笑い話にできればよいのですが。

http://anond.hatelabo.jp/20131016191631

戻る

シェアする

-衝撃

CLOSE
x

Copyright© 鬼嫁の種 , 2026 All Rights Reserved Powered by STINGER.