私とA夫はそのころ
お互いの親兄弟に挨拶をすませ、
婚約直前の時期だったこともあり、
つい、いい顔をしてしまった。
ほんとアホである。
まぁ、夫に対して、
そんな大事な時期にフラフラすんじゃねえバカ
という気持ちもあるけど。
「今結婚前提に付き合ってる彼女がいると言ってあるし、
おめでとう!って喜んでくれたよ!」
なんて能天気に報告してくるA夫に対して、
当時は妙に安心してた。
ある時、久しぶりに会った時に
「B子に会ってくれないか」
とA夫が言った。
何となくだけど、
私とB子に友達になってほしい、
みたいなニュアンスだったと思う。
私はゴネたけど、根負けして会うことになってしまった。
話には聞いていたけど、
初めて会った時のB子はかわいくて気さくで、
本当に天使のようだった。
確かにこれは力になってあげたいと思うよなぁと、
しみじみ感じたのを覚えている。
それ以来、何度か三人で遊んだ。
その頃の私はお花畑な考えだったので、
自分もB子が大変な時は力になってあげなきゃ
なんて本気で思ってた。
そんな中私とA夫は結婚式の日取りを決めた。
B子にそのことを知らせるとすごく喜んでくれていた。
今にして思えば
内心どう思っていたかは分からないしどうでもいいけど、
「協力させてほしい」
なんて言って、準備も手伝ってくれたんだ。
二人とも共通の友人が多くて、
親族も一緒になって最高の結婚式にしてくれたのさ。
それだけにダメージはでかかったな…
それから第一子を授かり、
妊娠期間中A夫(以下旦那)も義両親も本当によくしてくれて、
出産時には立会いもしてくれて、
本当に夢のように幸せだった。
あの時、旦那の携帯なんて見なかったら良かったのにな。
育児に慣れてきた頃、
きっかけは忘れてしまったんだけど、
結婚前のB子とのことが、
もう一年以上たってたけど猛烈に気になった。
どうにもこうにも確かめずにはいられなくなり、
家族が寝静まった頃に旦那の携帯を見てしまった。
結果、おそらくクロなB子からのメール発見。
日付は三人で遊ぶようになった頃のもの。
(消去してない旦那の迂闊さよ…)
「今日はありがとう。まだ夢みたいだよ」
「今日のことは誰にも内緒だよ」
それまで浮気のうの字も経験したことのなかった私は
静かにパニックに陥り、
旦那を揺すり起こして
「夜中にごめん、A夫の携帯を見てしまった」
と告げた。
●コメント
なんていうか
パソコンとか携帯のぞきたがる人って
自分がケータイ依存の世界が狭い人なんだよなあ
みみっちさが嫌われるのに
●コメント
人のこととやかく言うあなたの方が
みみっちいわよ。
携帯見られたら、鬼カレと会えなくなるからやめろブス
って正直に書く頭の悪い子の方がずっとマシよ
●コメント
携帯は個人情報の塊だからだよ。
お馬鹿さん。
●コメント
怪しいならドンドン見ちゃえ!
そして浮気見つかれ!
■私
旦那は携帯を見たことを咎めることはなく、
ごめん
と言った。
「この頃B子の病状の悪化があり、
夜中に今すぐ来て欲しいと頼まれた。
自分もどうしていいか分からず、
とにかくB子の元に行った。
この時一度きりだけ関係を持ってしまった、
それ以降はない。」
…という話だった。
私はあの時期旦那の様子がおかしかったことも、
すべてが腑に落ちた。
結婚前だけのことと信じて
「わかった、水に流そう」
とその時は言ってしまったが、
日が経つほどに旦那への不信感は募っていった。
第一の修羅場から三ヶ月ほど経った頃、
鬱病診断が下った。
●コメント
携帯見られて困るようなことしなきゃいいだけなのに。
やましいことがあるから逆ギレするんでしょ。
携帯を見る妻はほとんどこれでしょ?
仲良く家族で暮らしていきたいなら
妻の信頼を得る努力も必要。
こっちだって旦那のこと疑いたくなんかないんだよ!
●コメント
いつもと違う行動するからわかるんだよね、
怪しいってだいたいわかる。
携帯電話手放さない
とか、
会話の上の空
とか、
急に残業増える
とか。
●コメント
もしよかったら、
3年間を詳しく聞かせてもらえないかな
病気の事、
夫婦関係や子育て、
どう乗り越えたのか
■私
最初の方は考えこんだり、
夜情緒不安定になって泣いたり、
頭痛が酷くなる程度で、
時間が経てば少しはましになるはずと、
育児に専念することにした(逃げた)。
旦那も負い目があるのか、よりいっそう労ってくれた。
気がついたら体重は妊娠前から8kg減、
食べる気力もない、
子どものお世話だけは何とかやるけどもう限界、
みたいな状態まできてた。
私たち夫婦は義家族と一緒に住んでいたこともあり、
幸いにも育児はたくさん手伝って頂いたけど、
それがまた申し訳なくて悪循環に陥ってた。
でも
「旦那が浮気していたことを知ってしまって、信用できなくなってしまった」
なんてことは、
誰にも言えなかった。
心療内科でカウンセリングを受け、
服薬をすることになった。
そんな中B子からメールが届く。
旦那が連絡をとったようだ。
私がB子との浮気を知ってしまったこと、
今心療内科に通っていることを
A夫から聞いたと前置きがあり、
「ショックだったよね、ごめん。
あの時の自分はおかしくなってて、
毎日とっかえひっかえ色んな人と関係してた。
A夫君もその一人。
A夫君も馬鹿だよね、
なんで馬鹿正直に私ちゃんに言うんだろう。
今は大切にしたい彼がいる、
もうあなたたちに関わるつもりもないから、
お幸せに。」
みたいな内容だった。
B子にも私の状態をわざわざB子に連絡した旦那にも、
ふざけんな
と思った。
初めて人を殺したいと思った。
擁護する訳ではないけど、
旦那は遊びで浮気なんて出来ないタイプの人だ。
だからB子と関係を持った時は、
少なからず男としてB子を愛する気持ちがあったと思う。
私の手前旦那はそう言わなかったけど、わかる。
それなのに、
とっかえひっかえってどういうことだと、
よく分からない怒りが芽生えた。
もう関係はとっくに切れてるって言ってるのに。
旦那も多分私を安心させようとしたのかもしれないが、
ズレてる。
メールには返信しなかった。
喧嘩が増えていく日々、どんどん私の病状は悪化していった。
●コメント
過去の事書いてフラバってないかちょっと心配
気長に続き待ってる
無理はしないでね
●コメント
男って善かれと思ってやった事が的外れな場合が多かったりして、
女性の気持ちが難しくはあるんみたい。
んだけど、そんな中でB子に連絡とらないでよ、って感じだよね
●コメント
よくよくメンヘラ愛好家なシタなんだね
ありがちありがち。
■私
あの頃の自分を振り返って客観視すると、
本当に狂っていたと思う。
スヤスヤ眠る子どもの寝顔を見て
「私のような人間がこの子の親でいたらいけない。死のう。」
と思ってしまった。
本当に大馬鹿としか言いようがないんだけど、
大量の薬とお酒を飲み、
車で崖から転落死しようとした。
気がついたら病院のベッドの上にいた。
「私子!俺がわかる!?」
と泣く旦那とニコニコ笑ってる娘が目に入り、
意識は朦朧としていたけど自分が死に損なったことを理解した。
後で聞いたことだけど、
道路脇で自損事故を起こして気を失っていたらしい…
他の人を巻きこまずに済んだので、
それだけは本当に良かった。
薬の影響で3日ほど意識は朦朧としていたけど、
3日後には異常もなく退院できた。
義実家家族は
「無事で良かった」
とただただ私を優しく受け入れてくれた。
当たり前だけど私の実家家族にも連絡がいっており、
しばらく私は実家に帰ることにした。
実家と言っても年の離れた姉の家庭だけど…
(母は他界、父は一人暮らしで、姉が親代わりみたいな感じ)
実家まで旦那が車で送ってくれた。
この時もう私は離婚という選択しかないと思っていた。
道途中で旦那に
「ここで降ろして。
A夫にもよく考えておいてほしいんだけど、
私は離婚するのが一番いいと思う」
と伝えた。
旦那は
「分かった」
とだけ言い、走り去って行った。
里帰り中は娘を義実家に預かってもらうことになっていた。
別れ際に泣き叫ぶ娘の姿を思い出しながら、
「親権は難しいのかな、これからどうしようか…
でも生き永らえさせてもらったんだから、
少しでも娘に恥ずかしくない生き方をしなきゃ…」
そんなことを考え歩いた。
姉宅にたどり着いて姉が出迎えてくれた時は、
堰を切ったように号泣してしまった。
姉には鬱治療をしていることを言わずにいたんだけど、
何も聞かずに
「大変だったね」
と肩をだいてくれ、また泣いた。
姉も泣いてた。
その日の晩は、倒れるようにぐっすり眠った。
ぐっすり寝て起きた頃、
ふと携帯のメールを読み返したら、
読み覚えのない既読メールがきていた。
B子からだった。
覚えていなかったけど、
私はどうやら旦那宛の遺書メールを
B子にも送っていたようだった。
「死にます、さようなら」
みたいな。
その返信メールだった。
「じゃー離婚したらいいじゃん。
子どももいるのに情けないと思わないの?
ウザいのでもう関わってこないでね」
そんな内容だったと思う。
なんだか腹立つとか悔しいとか恐いとか通り越して、
気持ち悪いと思った。
と同時に、
浮気相手に正論言われちゃって脱力して、
自分も負けないくらい気持ち悪いことして
周囲に迷惑かけてる場合じゃないと思った。
そのまま起きて甥っ子の登校と義兄の出勤を見送ってから、
姉に旦那の浮気含むこれまでのいきさつを全て話した。
その上で、
「私はお互いの為にも娘の為にも、離婚した方がいいと思ってる」
と言った。
すると姉は
「私子には言わないでほしいとは言われてるんだけど…」
と、手紙を差し出した。
差出人はA夫だった。
私が車を降りた後、
その足で先回りをして姉にこの手紙を渡しにきたらしい。
読んで、と姉。
手紙には、殴り書きの字でこんなことを書いてあった。
「今まで私子さんを苦しめて、
お姉さんにも心労をかけてしまい、
本当に申し訳ありません。
私子さんは離婚を望んでいます。
そうなってしまった原因はすべて僕にあります。
おこがましいことを承知で言わせていただくと、
僕は私子さんを愛しています。
許されることなら、この先もずっと、
私子さんと(娘)と暮らしていきたいです。
不甲斐ない自分ですが、
遠く離れていても彼女を支え続けます。
お姉さんには申し訳ない限りですが、
私子さんのことをどうかよろしくお願いします。」
そう書いてあった。
不器用な旦那がこんな手紙を書くなんて、
と思うと、また泣けてきた。
それから一週間もしないうちに、
私は旦那の元へ帰った。
子どものことが気がかりだったこともあるけど、
再構築すると決意して戻ったのだった。
後から謝られたけど、
B子からのメールが既読になっていたのは、
旦那が読んだからだった。
私と同じような感想を持ったらしく、
今はB子に対して怒りしか感じないらしい。
鬱病は良くなったり悪くなったりの波がしばらく続き、
フラッシュバックで過呼吸になったりもしたけど、
私の場合子供とのふれあいが癒しになったこと、
旦那と義実家が支えになってくれたことで、
だんだんと寛解に近づいていった。
一通りの修羅場と
愚かな自殺未遂を経験して思うのは、
誰かを憎み続けること、
度を越した嫉妬をすること、
それによって自分自身を傷つけるのは、
悪い意味でエネルギーを消耗し、
誰も幸せにならないということ。
憎んでもいいし嫉妬してもいいと認めて、
その上で手放すようにした。
その感情にしがみついてばかりいたら、
自分が苦しむばかりだから。
実際、旦那の行動も誠実そのものだったから、
そう思えたのだろう。
もし今後二度目の浮気があるとしたら、
私や溺愛している娘を捨てても
一緒になりたいと思うような女性との出会いがあった時かな。
ま、その時までは私といてくれと今は思ってる。
実は明日結婚記念日なんだ。
当時の日記を昼間読んだりして、
当時の色々を一気に思い出したので、
書き込んでみようと思った。
読んでて特段面白い話じゃないから申し訳ないけど…
既婚者板読んでて常々思うけど、
みんな多かれ少なかれ苦しんでるよね。
本当に、
サレ側の苦悩は、サレて初めてわかる気がする。
これから先少しでも
みんなの苦しみが和らぐことを願いながら、締めます。
●コメント
私さんはまだ現実と鬱の狭間にいるように思える。
■私
そう思われても仕方ないよね。
一応、寛解診断はもらってるよ。
家事育児に支障がないくらい体も動くようになったし。
医者の話だと、
体質的にも鬱になりやすい素養を大いに持っているぽいので、
なるべく太陽の光を浴びるとか、
お風呂とか血行を良くするとか、
フィジカルな面でも気をつけるようにしてる。
●コメント
私さんが幸せになります様に…(-人-)
■私
ありがとう。
自分の幸せを噛みしめつつ、人生謳歌していきます。
そして、子供と旦那の幸せの為にも、
側でそっと支えていきます。
●コメント
あなたが幸せになりますように。
引用元: ・【既婚女性】-【再構築】旦那の浮気【離婚】47